八甲田山
劇場公開日 1977年6月4日
![八甲田山_1 - あの頃の映画チラシ 八甲田山[映画チラシ表面]](https://eiga-flyer.com/wp-content/uploads/2025/03/八甲田山_1-1380x1944.jpg)
![八甲田山_2 - あの頃の映画チラシ 八甲田山[映画チラシ裏面]](https://eiga-flyer.com/wp-content/uploads/2025/03/八甲田山_2-1380x1951.jpg)
『八甲田山』は、日露戦争を想定した雪中行軍の過酷さを描いた作品です。
1902年、青森歩兵第五連隊と弘前歩兵第三十一連隊が、八甲田山で雪中行軍の調査を実施しました。しかし、十分な準備ができていなかった青森歩兵第五連隊は、吹雪の中で遭難し、多くの犠牲者を出してしまいます。一方、事前にしっかりと準備を整えた弘前歩兵第三十一連隊は、無事に八甲田山を突破。同じ環境でありながら、まったく異なる運命をたどった二つの部隊の姿が、壮大なスケールで描かれています。
この事件を描くにあたり、撮影は実際に真冬の八甲田山で行われました。その過酷さは日本映画史上でも語り継がれるほどで、出演者やスタッフにとっても極限状態でのロケとなりました。雪山の厳しさをリアルに映し出した映像は、まさに目を離せない迫力です。とにかく悲惨。
テレビCMで流れた「天は我々を見放した……」というセリフの絶望感は強烈で、多くの人の記憶に刻まれました。この言葉は、当時ちょっとした流行語にもなりましたね。1977年には、日本映画の年間興行収入第1位を記録しています。
この作品が高く評価されたのは、遭難の恐怖だけでなく、軍の指揮系統における判断の責任が描かれていたことも大きな理由でした。当時、テレビやラジオで「この物語は、企業で働くサラリーマンにとっても他人事ではない」という感想を耳にしたことがあります。組織の中での決断が、時に命運を分けることになる――そんな重みを持った作品です。