映画チラシのデジタルアーカイブサイト
note

昭和の70mm映画館と令和のIMAX ―「大画面で観る」という特別な映画体験―

70mmとIMAXのスクリーンイメージ

大作映画の公開が近づくと、「これは、どうせならIMAXで観ておきたい」と考えることがあります。まずIMAXの上映館と時間を調べ、予定が合わなければ通常上映を選ぶ。映画を観ることが第一にあって、そのうえで、できることならIMAXを選びたい。

けれども、かつての映画ファンにも「この映画なら、できれば70mmで観たい」という選択がありました。東京の銀座・有楽町・日比谷周辺には、有楽座、丸の内ピカデリー、テアトル東京、松竹セントラルなど、70mm上映に対応した大劇場が存在していました。

映画は、できることなら大きなスクリーンで、映画の世界に入り込むように観たい。映画館で映画を観ることは、作品を鑑賞するだけではなく、それ自体が人生の中に残っていく「体験」のひとつだと思います。

昭和の「70mmで観る」ことと、令和の「IMAXで観る」こと。両者を比べてみると、上映設備だけでなく、映画館という場所そのものの変化、そして時代が変わっても映画館に求め続けているものが見えてきます。

映画館そのものに「格」があった時代

シネマコンプレックスが一般化する以前、銀座・有楽町・日比谷には、有楽座、日比谷映画、スカラ座、みゆき座、丸の内ピカデリー、テアトル東京、松竹セントラルなど、数多くの映画館が点在していました。それぞれが独立した名前を持ち、規模も設備も上映する作品の傾向も違っていました。

当時の銀座・有楽町・日比谷周辺には、映画会社の本社や配給会社も集まっていました。
どの作品をどの系列の劇場で公開するかという興行の仕組みの中で、銀座・有楽町・日比谷地区の映画館は、その系列を代表するロードショー館でした。いちばん状態がいいプリントが、この地区の映画館に回されるという話も、映画ファンの間に定着していました。

なかでも大作映画を上映する劇場は、1000席を超える客席と巨大なスクリーンを備えた、いわば映画館のフラッグシップです。1975年前後で見ると、有楽座は1500席を超え、旧・丸の内ピカデリーと松竹セントラルも1400席前後、テアトル東京も1000席を超える規模を持っていました。

その存在感は当時の映画チラシにも表れています。
「テアトル東京」「有楽座」「丸の内ピカデリー」といった上映館名があらかじめ印刷されたチラシは、その作品のスケールや興行の格を伝える情報にもなっていました。
現在それらを手にすると、作品だけでなく、「この映画が、この映画館で上映されていた」という映画館の記憶まで残されているように感じます。

70mmは大劇場の価値をさらに高めた

そんな大劇場の魅力をさらに強くしたのが70mm上映でした。
一般的だった35mmより大きなフィルムを使う70mmは、大型スクリーンでも高い映像品質を得られ、6チャンネル磁気ステレオによる音響も大きな魅力でした。

ただし、「70mm上映作品=70mmで撮影された映画」とは限りません。『アラビアのロレンス』や『2001年宇宙の旅』のように大型フォーマットで撮影された作品がある一方、特に1970年代後半から80年代には、35mm撮影の映画を70mmプリントへ拡大したブローアップ上映が大半でした。

70mmプリントと35mmプリント・フィルムの比較画像

それでも「70mm」という文字には、大画面と多チャンネル音響による「映画館で観る価値」を伝える力がありました。チラシに「70mm」「6チャンネル立体音響」と大きく記された例があるのも、現在の映画広告にIMAXやDolby Cinemaなどのロゴが表示されるのとよく似ています。映画そのものだけでなく、「どう観るか」まで含めて映画の魅力を伝えていたのです。

字幕を見れば「70mmだ」と分かった

70mmと35mmには、もうひとつ、観客にもすぐに分かる違いがありました。字幕の位置です。

現在では字幕が画面中央下に横書きで表示されるのが当たり前ですが、当時の洋画では、35mmプリントの字幕は画面右側に縦書きで入るのが一般的でした。一方、70mmプリントでは、現在と同じように画面中央下に横書きの字幕が入っていました。

横に大きく広がるシネマスコープの画面を観ながら、右端の縦書き字幕を読む。いま考えると少々見づらいのですが、当時はそれが普通だと思って観ていました。

▲ シネマスコープサイズの右に縦書きで表示される字幕

そのため、「70mm上映」と特に意識せず映画館へ入っても、本編が始まって字幕が画面中央下に現れると、「あ、70mmだ」と分かることがありました。そんなときは、ちょっと得をしたような気分になったものです。

映像の鮮明さや6チャンネル音響だけでなく、字幕の位置まで含めて、70mmは観客の目にも分かる「いつもとは少し違う上映」だったのです。

銀座・有楽町の70mm大劇場

有楽座

旧有楽座は、日比谷映画街を代表する東宝系の大劇場でした。1975年前後には1572席を擁し、二階席を持つ堂々とした空間でした。1957年のリニューアル時には大型の曲面スクリーンが導入され、標準・ビスタ上映時は幅20.0m×高さ9.0m、シネマスコープ上映時は幅20.0m×高さ8.5mという巨大な画面を備えていました。

1959年には70mm上映に対応するため、映写室を移設するほどの大規模な改修が行われ、同年11月22日公開の『ソロモンとシバの女王』から70mm上映を開始しました。その後も大作映画を上映し、『大地震』では強烈な低音によって客席を振動させるセンサラウンドも話題になりました。
有楽座で公開されるというだけで、作品の格付けが最上級であることの証のようなものでした。

丸の内ピカデリー

丸の内ピカデリーも、松竹系洋画ロードショーの中心となった大劇場です。ここでいう丸の内ピカデリーは、1984年に開業した有楽町マリオン内の劇場ではなく、その前身にあたる旧朝日新聞東京本社の裏手にあった旧館です。

1957年の改築後は丸の内ピカデリーと丸の内松竹の2館体制となり、1975年前後の丸の内ピカデリーは1386席という規模でした。スクリーンは幅15.2m×高さ6.7mという大型のもので、70mm上映設備も早くから導入され、1959年には『南太平洋』を70mmで上映。その後も大作や話題性の高い洋画のロードショー館として親しまれ、『ウエストサイド物語』が一年以上のロングラン上映されたことが今となっては驚異的です。

テアトル東京

なかでも特別だったのが、銀座一丁目にあったテアトル東京でしょう。シネラマ*上映のための劇場で、舞台を置かず、床付近から巨大な湾曲スクリーンが立ち上がる独特の構造でした。

シネラマ上映を前提に制作された『2001年宇宙の旅』を、テアトル東京で観た経験のある方は、その後のリバイバル上映で作品に出会った世代にとって、羨ましくもあり、ちょっと尊敬してしまうような存在でした。

スクリーンは資料によって幅約26mと約28mの記録があり、高さはいずれも約8.7m。約130度に湾曲していたとする記録も残っています。開館当初は1300席を超え、1970年代には改装などを経て1150席前後となっていたとされています。

IMAX GTがスクリーンの高さによって上下方向まで視界を覆うのに対し、シネラマの巨大な湾曲スクリーンは左右方向へ観客を包み込む。現在とは異なる方法で、大画面の没入感を追求した劇場でした。

※シネラマ:1950年代に登場した超ワイドスクリーン方式。もともとは3台の映写機を同期させ、巨大な湾曲スクリーンに映像を投影することで、観客の視界を左右から包み込むような臨場感を生み出した。その後、70mmフィルムを使用する1台映写方式も「シネラマ」として上映されました。

松竹セントラル

東銀座にあった松竹セントラルも、松竹を代表する大型ロードショー館でした。1970年代には約1400席を擁し、1977年の『八つ墓村』公開時の資料では定員1420名と記録されています。

『八つ墓村』公開初日には、第1回上映前から築地方面へ数百メートルの行列ができ、松竹セントラルだけでは観客をさばききれず、隣の銀座松竹でも急遽上映されました。1400人規模の劇場でも収容しきれない観客が一つの作品に集まったという、当時のロードショー興行の大きさを実感させるエピソードです。

松竹セントラルは70mm上映だけでなく、一時期はシネラマ上映にも対応していました。1960年代には湾曲したシネラマ・スクリーンが導入され、1963年の『おかしなおかしなおかしな世界』などがシネラマとして上映されています。テアトル東京ほど「シネラマ劇場」というイメージの強い映画館ではありませんでしたが、当時の東京には、こうした巨大スクリーンでシネラマや70mm映画を楽しめる大劇場が複数存在していました。

▲ 1968年 2001年宇宙の旅 上映中のテアトル東京外観 ーーPinterestより引用
▲ Photo by Hiroshi Sugimoto ー Cinemara Dome Hollywood

1975年前後の70mm大劇場

映画館 1975年前後の客席数 スクリーン 主な上映設備・特徴
有楽座 1,572席 幅20.0m × 高さ9.0m
※シネマスコープ時:幅20.0m × 高さ8.5m
70mm上映
6トラック磁気音響
センサラウンド上映実績あり
旧・丸の内ピカデリー 1,386席 幅15.2m × 高さ6.7m 70mm上映
6トラック磁気音響
テアトル東京 1,248席 幅28.0m × 高さ8.7m(直線幅で約25.0m〜26.0m)
約130度の湾曲スクリーン
シネラマ上映
70mm上映
6トラック磁気音響
松竹セントラル 約1,400席
※1977年『八つ墓村』公開時は定員1,420名
幅16.5m × 高さ7.5m シネラマ上映(一時期)
70mm上映
6トラック磁気音響
新宿プラザ劇場 1,000席超
※閉館時1,044席
D-150*用大型湾曲スクリーン D-150上映*
70mm上映
6トラック磁気音響

※ 客席数は1975年前後の資料を基準としています。

※ 6トラック磁気音響:1950〜60年代の「初期70mm 6ch磁気音響」と、1970年代後半に普及した「ドルビー70mm音響(Dolby Stereo 70mm)」は、70mmフィルム上の磁気トラックに6chの音を記録するという構造自体は同じですが、各チャンネルに割り当てる音響データの役割(チャンネル配置)とノイズ除去・重低音処理技術(大音量重低音[サブウーファー]を独立して鳴らすシステム)が異なります。

※ D-150(Dimension 150):70mmフィルムを使用し、巨大な湾曲スクリーンに投影する大画面上映方式。シネラマと同様に、観客の視界を左右へ大きく覆うことで高い没入感を狙った方式で、新宿プラザ劇場は1969年の開館時からD-150に対応していました。

昔の銀座・有楽町は「街全体がシネコン」だった

現在のシネコンでは、一つの施設に規模の異なる複数のスクリーンがあり、作品の集客力に応じて上映館が割り当てられます。シネコン以前は、それが街の中に分散していたと考えると分かりやすいかもしれません。

有楽座、スカラ座、みゆき座、テアトル東京、丸の内ピカデリー、松竹セントラル。それぞれが別の建物や入口、ロビーを持ちながら、徒歩圏内に集まっていました。

昔の銀座・有楽町という街そのものが、巨大なシネコンだった。

少し乱暴なたとえですが、当時の映画街の構造をよく表しているように思います。ただし現在の「SCREEN 1」「SCREEN 2」と決定的に違うのは、一つひとつに映画館としての名前と個性があり、さらにそれぞれが映画会社や興行チェーンと結びついていたことです。

シネコンから、再び「特別なスクリーン」へ

1990年代以降、日本でもシネコンが普及しました。座席指定や多様な上映時間など利便性が高まり、さまざまな規模の作品を一つの施設で上映できるようになった一方、「有楽座で観る」「テアトル東京で観る」といった作品と映画館の強い結びつきは薄れていきました。

そこへ再び「特別なスクリーン」として登場したのがIMAXです。たとえばTOHOシネマズ新宿のIMAXレーザーは4Kレーザー投影と12chサウンドを採用。グランドシネマサンシャイン池袋のIMAXレーザー/GTテクノロジーは、幅25.849m×高さ18.910mの巨大スクリーンと2台の4Kレーザープロジェクターを備え、対応作品では1.43:1の画角を表示できます。

池袋IMAXの横幅は、かつてのテアトル東京の巨大湾曲スクリーンに近い規模ですが、高さは約19mあります。同じ「巨大スクリーン」でも、横方向へ包み込むシネラマと、上下方向まで視界を覆うIMAX GTでは、その巨大さの方向が大きく違います。

▲ グランドシネマサンシャイン池袋のIMAXスクリーン ーーMOVIE WALKER PRESSより引用

現在の代表的なIMAXシアター

映画館・シアター 客席数 スクリーン 映写 音響
グランドシネマサンシャイン池袋
IMAX
500席超 幅25.849m × 高さ18.910m IMAXレーザー/GT
デュアル4Kレーザー
最大1.43:1対応
12ch
TOHOシネマズ新宿
SCREEN 10
302席
+車椅子2席
公式寸法非公表
(推定:幅約18〜19m × 高さ約9.5〜10m前後)
IMAXレーザー
4K
12ch
TOHOシネマズ日比谷
SCREEN 4
323席
+車椅子2席
公式寸法非公表
(推定:幅約16〜17m × 高さ約8.5m前後)
IMAXレーザー
4K
12ch

※TOHOシネマズ(新宿・日比谷)のIMAXスクリーンサイズは、IMAXコーポレーションとのブランドライセンス・契約上の理由により公式寸法データは非開示(非公表)となっているため、現地計測データ等による推定値です。

70mm上映館とIMAXシアターは、少し意味が違う

70mmとIMAXには、どちらも「この映画なら、できるだけ良い環境で観たい」と思わせる力があります。ただし、70mm上映館と現在のIMAXシアターでは、その意味が少し違います。

有楽座や丸の内ピカデリーは、70mmプリントを上映できる設備を持った映画館でしたが、そこで上映される作品がいつも70mmだったわけではありません。通常は35mmプリントで上映され、作品によって70mmプリントが用意される、という関係でした。

それでも、大劇場の大きなスクリーンで映画を観ること自体が気持ちよかった。35mm上映であっても、「有楽座で観る」「丸の内ピカデリーで観る」ことには十分な価値がありました。そのうえで70mm上映となれば、さらに特別だったのです。

現在のIMAXは少し事情が違います。IMAXシアターで上映される作品は、IMAXの上映システムに対応したバージョンとして上映されます。そして、そこからさらに「どのIMAXで観るか」という選択が生まれることがあります。

同じIMAXでも「どこで観るか」が問題になる

その違いが特に大きくなるのが、1.43:1の画角を持つIMAX作品です。IMAXカメラなどを使って撮影・制作された作品の中には、通常の映画よりも正方形に近い1.43:1の映像を持つものがあります。

その画角を最大限に表示するためには、1.43:1に対応したIMAXレーザー/GTテクノロジーの劇場が必要です。東京であれば、グランドシネマサンシャイン池袋一択となります。

一方、一般的なIMAXシアターでは最大1.90:1となるため、1.43:1の映像を持つ作品では、本来の映像に対して上下の表示範囲が狭くなります。作品によっては全編ではなく特定のシーンだけ1.43:1になる場合もありますが、その映像をできるだけ大きく観たいとなれば、「IMAXならどこでもいい」ではなく、「これはGTで観たい」という選択が生まれます。

70mm時代

作品
↓
大劇場を選ぶ
↓
35mm/70mmプリント

IMAX時代

作品
↓
IMAXで観たい
↓
1.90:1/1.43:1対応劇場

70mm時代は、まず大劇場があり、そこで35mmか70mmかという違いがあった。IMAX時代は、IMAXという上映環境を選び、さらに作品によっては「どのIMAXで観るか」という選択がある。

また、1970年代の有楽座、丸の内ピカデリー、松竹セントラルは1400〜1500席規模でした。現在の巨大なIMAXスクリーンが数百人の観客に向けられているのに対し、昭和の大劇場では1000人をはるかに超える観客が一つのスクリーンを見ていました。
昭和の大劇場が「巨大な映画を大勢で体験する場所」だったとすれば、現在のIMAXは巨大な映像と音響で「観客を映画の中へ没入させるワンランク上の場所」として発展しているともいえます。

そして70mmは基本的にはフィルムの上映規格であり、それが大劇場、巨大スクリーン、多チャンネル音響などと結びつくことで特別な映画体験になっていました。
一方のIMAXは、映写、スクリーン、音響、客席配置、作品側の制作・上映工程まで含めたシステムとして展開されています。技術として直接比べるより、「映画館でしか得られない特別な体験を、どう観客に提供するか」という役割に共通点を見る方が自然でしょう。

「この映画は、ここで観たい」

昭和には、街の中にグレードや個性の異なる映画館が点在し、それぞれに名前、建物、ロビー、スクリーン、そしてそこで上映される映画がありました。現在は、かつて街に分散していたさまざまな規模のスクリーンが一つのシネコンに集約され、その中にIMAXやDolby Cinemaといった特別な上映環境が存在しています。

映画は、できることなら大きなスクリーンで、日常とは切り離された空間に身を置き、映画の中へ入り込むように観たい。映画館で映画を観ることは、作品を鑑賞するだけではなく、それ自体が人生の中に残っていく「体験」のひとつなのだと思います。

昭和には、その特別な体験を与えてくれたのが、有楽座や丸の内ピカデリー、テアトル東京といった大劇場であり、そこで行われる70mm上映でした。現在では、IMAXやDolby Cinemaなど、通常上映より少し料金が高くても、より大きなスクリーン、優れた映像と音響を求めて上映環境を選ぶことに、その楽しみが引き継がれているように思います。

かつては、大劇場で映画が始まり、画面中央下に横書きの字幕が現れると、「今日は70mmなんだ」と、ちょっと得をしたような気持ちになることがありました。いまは作品の上映仕様を調べ、「1.43:1なら池袋のGTで観たい」と上映館を選ぶことがあります。映画館を選ぶための情報も、その選び方も大きく変わりました。

もちろん、予定が合わなければ近くのシネコンで観る。それでも映画は楽しめます。けれど条件が許すなら、少し遠くても、少し料金が高くても、その映画にふさわしいと思える場所で観てみたい。

「この映画は、ここで観たい」

70mmからIMAXへ。映画館の形も上映技術も変わりました。それでも、映画館という特別な空間で、できるだけ深く映画の世界に入り込みたい。その気持ちは、映画館へ足を運ぶ楽しさのひとつとして、今も変わらず残っているように思います。

参考資料・ウェブサイト

本記事の作成にあたり、映画館の沿革、客席数、上映設備、スクリーンサイズなどについて、Gemini Deep Research の力を借りて、以下の資料・ウェブサイトを参照しました。

  • 『キネマ旬報』1957年6月下旬号(第179号)、キネマ旬報社
  • 『キネマ旬報』1957年7月上旬号(第180号)、キネマ旬報社
  • 『キネマ旬報』1959年12月上旬号(第247号)、キネマ旬報社
  • 『映画便覧 1958年版』、時事通信社
  • 『映画便覧 1960年版』、時事通信社
  • 『映画年鑑 1961年版』、時事通信社
  • 松竹株式会社 丸の内ピカデリー劇場沿革・松竹関連資料
  • 東宝株式会社 有楽座・東宝劇場関連資料
  • 国立国会図書館サーチ 『映画年鑑』ほか映画館関連資料の書誌情報
  • 銀座経済新聞 テアトル東京関連記事
  • CINEMORE 『八つ墓村』公開時の松竹セントラル関連記事
  • グランドシネマサンシャイン池袋 IMAXレーザー/GTテクノロジー設備情報
  • TOHOシネマズ TOHOシネマズ新宿・TOHOシネマズ日比谷 劇場・設備情報
  • その他、当時の映画館・70mm上映に関する資料および記録

※1970年代の映画館については、改装時期や資料によって客席数、スクリーン寸法、上映設備などの記録に差異があります。本記事では1975年前後の状態を基準としています。

note
(C) 2026 eiga-flyer.com.Images are used for archival purposes only; all rights belong to their respective owners.