『帝都物語』のHDVS特撮 ─ 1988年のハイビジョン撮影と映像合成

1988年に公開された実相寺昭雄監督の『帝都物語』は、荒俣宏の大河小説を原作に、明治末期から昭和初期の東京を舞台として描いた大作でした。
巨大なセット、ミニチュア、特殊造型、アニメーションなど、さまざまな技術が投入された本作ですが、その中でも当時大きくアピールされていたのが「HDVS」の導入です。
映画のチラシ裏面にも、次のように記されています。
「特撮も従来のSFX技術を駆使するほかに、HDVS(高品位ビデオシステム)を日本映画で初めて導入した。」
HDVSとは、ソニーが開発を進めていたアナログ方式のハイビジョンシステムです。当時のテレビ映像を大きく上回る高精細な映像として注目されていましたが、『帝都物語』では映像合成だけでなく、撮影そのものにもHDVSが使われました。
ハイビジョンで撮影された6分間
『帝都物語』のハイビジョン撮影・合成には、ソニーPCLが全面的に協力しています。
ここで重要なのは、HDVSが35mmフィルムで撮影した素材を合成するためだけに使われたのではなく、約6分間にわたって撮影そのものにも使われていたことです。
1989年に東芝ビデオ版『帝都物語』のインナー解説として書かれた故 池田憲章氏の文章によると、実相寺昭雄監督と中堀正夫撮影監督はすでに2本のハイビジョン作品を経験しており、『帝都物語』では土御門家の攻防シーンを全編ハイビジョンで撮影。さらに護法童子のシーンなどでは、HDVSによる合成も行われました。
つまり『帝都物語』では、通常の35mmフィルム撮影と並行して、HDVSをもうひとつの撮影・映像処理システムとして使っていたのです。
一方で、デン・フィルム・エフェクトによる100カット以上のオプチカル合成、ミニチュア特撮、マットアート、特殊メイク、人形アニメーションなども使われ、作品全体では200カット以上の特撮シーンが作られたとされています。HDVSはその中に投入された、当時としては新しい映像技術のひとつでした。
公開当時から感じていた画質の違い
ただ、公開当時に劇場で『帝都物語』を観たときから、気になっていたことがありました。
ハイビジョンで撮影・合成されたシーンに切り替わると、それまでの画面に比べて鮮明さが明らかに落ち、少しぼやけたように見えたのです。
当時の一般的なテレビ映像と比較すれば、ハイビジョンは飛躍的に高精細でした。しかし、ここでいうハイビジョンは現在の4K映像とは大きく異なります。当時のHDVSはアナログ方式のため、現在のデジタル映像のように単純にピクセル数で表すことはできませんが、おおむね2Kクラスの映像と考えることができます。
しかも『帝都物語』は35mmフィルムで上映される映画です。HDVSで撮影・合成された約6分間の映像も、本編へ組み込むためには最終的に35mmフィルムへ変換する必要がありました。
HDVSで撮影・合成(2K相当) → 35mmフィルムへ変換 → 本編へ
35mmフィルムで直接撮影された映像と、アナログ・ハイビジョンで撮影・処理されたのちフィルムへ変換された映像。その二つが同じ映画の中に混在していたため、映画館の大きなスクリーンでは画質の違いが公開当時から感じられたのでしょう。
なぜソニーPCLだったのか
ここで触れておきたいのが、ハイビジョン撮影・合成に全面協力したソニーPCLです。
ソニーPCLは1951年に映画フィルムの現像所として創立され、1970年にソニーグループ入りしました。その後、35mmフィルムのテレシネやビデオのポストプロダクションへ事業を広げ、1985年にはHDTVソフト制作の技術協力、編集、機材レンタルを世界に先駆けて開始しています。
つまり、ビデオから映画へ進出した会社ではなく、映画フィルムの現像・処理で培った技術を基盤に、ビデオ、さらにハイビジョンへと領域を広げていった会社でした。
『帝都物語』が制作された1980年代後半には、長年蓄積してきたフィルム技術と、ソニーが開発を進めていたHDVSの両方を扱える、先駆的なポストプロダクションとなっていました。
フィルムとハイビジョンという異なる映像システムを一つの映画の中で結びつける。『帝都物語』で行われた試みを考えると、ソニーPCLが全面協力したことにも大きな意味があったのだと思います。
『帝都物語』から黒澤明の『夢』へ
そして、『帝都物語』でのHDVS導入は、一作品だけの試みでは終わりませんでした。
ここで培われたハイビジョンによる撮影・映像処理の技術と経験は、その後の映画制作へとつながり、黒澤明監督の『夢』(1990年)でもハイビジョンによる映像処理が活用されることになります。
『夢』には、現実には存在しない風景や幻想的な世界が数多く登場します。そうした従来の光学合成だけでは難しかった映像表現にも、新しい電子映像技術が利用されました。
そう考えると、『帝都物語』で公開当時に感じた「ここだけ少し画面がぼやける」という違和感も、今では少し違って見えてきます。それは単なる画質の問題ではなく、日本映画の映像表現がフィルム中心の時代から電子的な映像処理へ向かっていく、過渡期の痕跡でもあったのでしょう。
そして38年後、4Kへ
2026年、『帝都物語』の4Kリマスター化プロジェクトがありました。
このニュースを知ったとき、楽しみであると同時に、真っ先に気になったのがHDVSで撮影された約6分間をどう4K化するのか、ということでした。
今回の4Kリマスターについて公開されている情報では、撮影監督の中堀正夫氏が全面監修していることは明らかにされていますが、HDVS部分をどのような素材から4K化したのか、その詳しい工程までは説明されていません。
もし完成した35mmフィルムを素材として4Kスキャンしているのであれば、HDVS部分については「HDVSで撮影・合成 → 35mmフィルムへ変換 → 4Kスキャン」ということになります。
そうなると気になるのが、35mmフィルムで直接撮影された部分との画質差です。35mmフィルムが持つ密度の高い映像を4Kスキャンによって引き出せば引き出すほど、HDVSで撮影された部分との差が、かえって目立ってしまう可能性もあるのではないか。公開当時に感じたあの画質の違いが、4Kではどう見えるのか、とても興味があります。
もし、フィルムへ戻す前のHDVS映像が残っていたら
ここからは、まったく個人的な願望です。
もし1988年に撮影・合成された、35mmフィルムへ変換する前のHDVSのマスター映像が現在も残っているとしたら、それを直接使って4K版を作ることはできないでしょうか。
HDVSオリジナル映像(2K相当) → 高品質な4Kアップコンバート → レストア・グレーディング → 35mmフィルム部分の4K映像と統合
もちろん、HDVSの映像そのものが4Kの情報量を持っているわけではありません。4Kへアップコンバートしたからといって、存在しなかったディテールが本来の4K映像として蘇るわけでもありません。
それでも、いったん35mmフィルムへ変換された映像をさらに4Kスキャンするのではなく、フィルム変換前のHDVS映像から直接4K化できるのであれば、変換による世代劣化をひとつ避けることができます。
さらに現在の技術でノイズ処理や高品質なアップコンバートを行い、35mmフィルムを4Kスキャンした部分と色調、コントラスト、質感などを丁寧にグレーディングすれば、公開当時よりも両者の違和感を少なくできる可能性があります。
もし今回の4Kリマスターが、そこまで踏み込んだ処理をしていたとしたら――個人的には、それが最高です。
フィルムとデジタルの間に残された映画
『帝都物語』が公開された1988年、映画はまだ35mmフィルムで撮影し、フィルムで上映することが当然の時代でした。その中で本作は、一部のシーンをハイビジョンで撮影し、電子的な映像合成を行い、それをフィルム映画の中へ持ち込むという試みに挑んでいました。
その最前線にソニーPCLがあり、すでにハイビジョン制作を経験していた実相寺昭雄監督と中堀正夫撮影監督がいました。
公開当時、映画館のスクリーンで感じた、少しぼやけたハイビジョン映像。あの画質の違いは、今振り返れば欠点というだけではなく、フィルムから電子映像へと映画制作が大きく変わっていく、その境目がスクリーンに残されたものだったのかもしれません。