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ツィゴイネルワイゼン

劇場公開日 1980年4月1日

[ツィゴイネルワイゼン 映画チラシ表面]
[ツィゴイネルワイゼン 映画チラシ裏面]

公開当時の私は洋画一辺倒で、日本映画といえばアニメくらいしか観ていませんでした。
そんな時、「ぴあ」の巻頭記事で、日本映画界から長く離れていた鈴木清順監督の新作が、ドーム型テントで独自公開され、若い映画ファンで連日賑わっていることを知りました。なんだか普通ではない映画らしい。そのことがずっと気になっていました。

実際に観たのは、ドームでの上映を終えて日劇文化へ移ってからです。
冒頭、蓄音機から流れるサラサーテ自身の演奏による「ツィゴイネルワイゼン」。その途中に、本人が何かを話しているらしい声が聞こえるという話から、すでに映画の世界へ引き込まれました。確かに聞こえる。でも何を言っているのかは分からない。その「わからないけれど、たしかにそこにある」という感覚が、この映画全体を包むものにもつながっていたように思います。

堅物なドイツ語教授・靑地と自由奔放に生きる友人・中砂、その妻たちをめぐる物語は、現実と幻想、生と死の境界を少しずつ曖昧にしていきます。筋を追うというより、人の情念や死者の記憶、気配のようなものが、妄想的とも思える映像となって次々と現れる。
その感覚は、一人称小説の主人公の頭の中を、そのまま映像として見せられているようでもありました。

特に忘れられないのは、教授が友人の家を訪ねる場面です。友人は不在で妻だけがいる暗い家の中をさまよい、立ち止まった教授の前から、そして背後から女性の手が伸びてくる。
怖いというより、現実のすぐ隣に別の世界が静かに口を開いているような場面で、「幽玄」という言葉を映像にすると、こんなものなのかもしれないと感じました。

映画を見終え、日劇文化の階段を上がって外へ出ると、目の前には見慣れた数寄屋橋とニュートーキョービルの風景がありました。
それなのに、大正時代から突然現代へ戻ってきたような、不思議な感覚が残っています。

その足で銀座山野楽器へ向かい、サントラ盤を購入。
それから何日も、サラサーテの謎の声が入った「ツィゴイネルワイゼン」を繰り返し聴きながら、映画の時間を反芻していました。

ところが一週間ほど後、レコードをターンテーブルから外そうとした時のことです。まだセンターピンが抜けきらないまま力をかけてしまい、盤がパリッと音を立てて二つに割れてしまいました。

あまりにも出来すぎた出来事でした。
あの映画の世界にいつまでも浸っていないで、「そろそろ現実に戻れ」と、見えない何かに言われたような気がしたものです。

※ 第4回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀助演女優賞/第54回キネマ旬報ベストテン第1位

映画館を作った話。(note)|Meguru Ishida
シネマ・プラセットのドーム型テントを設営/撤去作業を経験された方の貴重な記事

鈴木清順 生誕100年記念「SEIJUN RETURNS in 4K」公式サイト|リトルモア

▼ 「SEIJUN RETURNS in 4K」予告編|magichourJPN

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