映画チラシのデジタルアーカイブサイト
note

スウィートホーム

Sweet Home
劇場公開日 1989年1月21日

[スウィートホーム 映画チラシ表面]
[スウィートホーム 映画チラシ裏面]

今や日本映画界を代表する監督となった黒沢清が、初期の『ドレミファ娘の血は騒ぐ』に続いて手がけた、エンターテインメント色の強いホラー映画。製作総指揮を務めたのは、当時、人気・実力ともに日本映画界を牽引していた伊丹十三です。

物語は、古い洋館に残された幻のフレスコ画を取材するため、テレビ番組の制作スタッフたちが屋敷を訪れるところから始まります。しかし、そこには過去の悲劇から生まれた恐ろしい怨念が潜んでいました。

『ポルターガイスト』や『死霊のはらわた』など、1980年代に隆盛を極めたアメリカのホラー映画を思わせる展開に、日本的な怨霊の恐怖を組み合わせた意欲作。特殊メイクの第一人者、ディック・スミスをスタッフに迎え、人体の崩壊や顔の変形といったショッキングな描写も見どころでした。

劇場で観た当時は、「おお、日本映画でもここまでやれるんだ!」という驚きと嬉しさがありました。
ただ、観終わって時間が経つにつれ、印象に残ったのは、アメリカのホラー映画で見覚えのある残酷描写より、屋敷の中で「闇」が迫ってくる場面の不気味さでした。思い返せば、あの得体の知れない恐怖の描き方にこそ、その後の黒沢清作品へとつながる独特の感性だったように思います。

出演陣も、伊丹十三作品らしい豪華な顔ぶれ。宮本信子を中心に、テレビドラマやバラエティで活躍していた山城新伍、スポーツアナウンサーとして人気を集めていた頃の古舘伊知郎、そして人気ロックバンド「レベッカ」のボーカリスト、NOKKO。
映画以外の世界で活躍している人たちが、役者としてスクリーンに現れたのが新鮮でした。そういえば、NOKKOの顔立ちが、どことなく当時の薬師丸ひろ子に似ているな、と感じたことも覚えています。

序盤は、そんな個性豊かな出演者たちが演じるキャラクターの掛け合いを楽しんでいたのですが、物語が本格的な恐怖へと突入する中盤以降、その強い個性が、かえって怖さの足を引っ張っているようにも感じました。

もし、あまり顔を知られていない役者たちが演じていたら、もっと生々しい恐怖が味わえるホラー映画になっていたかもしれません。もっとも、伊丹十三の名を冠した娯楽大作なのだから、そういうわけにもいかなかったのは承知の上ですが。

そんな惜しい部分もありましたが、日本のホラー映画史において、もっと語り継がれてよい作品だと思っています。
それだけに、現在、正規のルートで鑑賞することが難しいのは残念でなりません。

本作は1989年にビデオ化されたものの、その二次利用をめぐって黒沢清監督と伊丹プロダクション、東宝との間で訴訟にまで発展しました。
さらに、製作過程では黒沢監督と伊丹十三の間に演出方針をめぐる対立もあったといいます。
その後、DVDやBlu-rayとして発売されることもなく、配信も実現していません。

▼ スウィートホーム (1989) 日本版劇場予告 “Sweet Home” Japanese Theatrical Trailer|BRIGIThonda

note
(C) 2026 eiga-flyer.com.Images are used for archival purposes only; all rights belong to their respective owners.